【シュールな芸術】フィリップ・ラメット【重力を無視する写真家】

ART

海辺に浮かぶバルコニーから、空を見る不思議すぎる男。彼はフィリップ・ラメット(Philippe Ramette)と言う、フランスの彫刻家でファイン・アーティストです。

Philippe had to lean back and hold on to the wood, while the whole balcony floated on a watertight tank in a Hong Kong  harbour. Photograph/Philippe Ramette Better Photographyより

彼の写真で衝撃を受けるのは、澄ました顔で重力に逆らっている、スーツに身を包んだ彼自身。シュールで現実離れした彼の世界観は、世界中の人々に好奇心をくすぐり、魅了し続けています。本記事では、そんなフィリップ・ラメットの不思議な作品達を紹介していきます。

CG不使用の不条理はどの様に作られるのか

一見CGで作られた作品に見られてしまうほど、重力の約束が通用しないラメットの写真達。被写体はラメット自身で、信じられない様な場所に静けさを表現しているのです。しかし、写真をよく見てみると、私達は彼の佇まいの違和感に、気付くことができます。ラメットは「私の手に緊張が見られると思います。私の赤く血の上った顔や、シワが寄ったスーツも」と、語りました。

Photograph/Philippe Ramette XIBT Contemporary Art Magより

彼は作品の1つ1つを、金属製のハーネスを用いて製作。それは彼の写真のトレードマークである、スーツの中に隠すことのできる特製デザインのハーネスで、金属のリングが彼の足首を固定し、動かない様に支える構造だそう。彼はそれを『彫刻の構造(sculpture-structures)』と呼んでいると言います。またその構造は、ラメットの友人のデザイナー、マシュー・パイラードが製作しています。そして、作品1つを製作するには沢山の準備が必要で、まず彼はアイデアをスケッチにして概念化する必要があると言います。

Photograph/Philippe Ramette Better Photographyより

彼の写真のアイデアは、彫刻のイメージと共に思い浮かぶそうです。そしてラメットは、イメージの絵を描き始める前に、撮影場所を選択。それは仕事や旅行で訪れた場所の中で、自分の想像とあった場所を選ぶそうです。そして、ラメットが完成させた絵コンテをもとに撮影するのは、写真家仲間のマーク・ドマージュ(Marc Domage)。ドマージュは、ラメットと20年近く働いている写真家です。もちろん演出は、被写体と共にラメット自身が行います。そしてラメットは「写真の制作プロセスは、まるで映画を作っている様に感じます」と製作の大変さと喜びを表現。

Molly
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シュルレアリスムが体現された、不思議な写真ですね。なんだかその不思議さが心地良く感じてしまいます…。ちなみに、スーツを身に付けた被写体は、フランスのシュルレアリスム画家、ルネ・マグリットから着想を得たそうです。

 海底を調査するスーツ姿の紳士

中でも、海中で撮影された彼の作品達は一段と不思議。海底で紳士が新聞紙を読むこの作品は『合理的な海底調査:地図 (Rational Exploration Of The Undersea : The Map)』です。

Photograph/Philippe Ramette Portraits Of Eleganceより Rational Exploration Of The Undersea : The Map

撮影は、足首に重りを付けて体を沈ませて行われました。ラメットはこの為に、ダイビングの訓練をしたそうです。彼は「スーツで海底にいて、重りを付けて、流れに影響されること無く歩くことができました。私にとって、とても楽しい経験でした」と後に語りました。

Photograph/Philippe Ramette amusingplanetより Rational Exploration of the Undersea: The Contact

そして海底での撮影は、友人のダイバーチームの協力のもと行われました。ラメットは、酸素が必要になったらダイバーを呼んで、吸入させてもらうという手法を採用。それにより、酸素ボンベを付けずに潜ることができたので、幻想的な世界観を守れました。しかし、酸素吸入時に起きた砂煙や水泡が消えるまで、撮影を待たなくてはいけないので、それも大変だったそう。

Molly
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撮影中、海中に美しい魚がいたので、指差してダイバー仲間に教えようとしたら、指示と間違えられてしまった、というお茶目なハプニングもあったそうです。

 上海の海に浮かぶバルコニー

こちらの『Balcon2』は冒頭でもご紹介した、海に浮かぶバルコニーが印象的な作品で「この写真はちょっと複雑で、制作には長い時間がかかりました。概念化するのに2年もかかったのです。そして原案は私の単なる夢でした!」とラメットは語りました。なんでも彼が90年代半ばに見た夢が、この作品の原案となっているそうです。ロケーションは香港の湾で、こちらもCG加工は一切無し。実際にバルコニーを浮かべて撮影しています。ラメットは重力を感じさせない様に、髪の毛をジェルで平たく固めて撮影に挑みました。海では波があった為、撮影が終わる頃には、彼は全身ずぶ濡れになってしまったのだとか。

Philippe had to lean back and hold on to the wood, while the whole balcony floated on a watertight tank in a Hong Kong  harbour. Photograph/Philippe Ramette Better Photographyより

また、バルコニーを海面に浮かばせるのも一苦労したそう。バルコニーの裏側に防水タンクを取り付けた、綿密なデザインによって、浮かばせることに成功しました。ラメットの率いるチームの非常に優れたサポートが、この非日常的な新しい視点を生み出したのです。

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ちなみに『Balcon 1』は、地面から飛び出しているバルコニーがモチーフとなっています。こちらは彼が重力を無視した作品として発表した最初の作品で、1996年に製作されました。

Photograph/Philippe Ramette MutualArt より

ラメットのアートに対する信念

ラメットは大変名の知れた彫刻家ですが、90年代後半に写真作品の製作も始めました。彼は、近年の自分の写真作品が注目される様になっても、彫刻は自分の表現の根源となっていると言います。彼は自分の様々な彫刻作品の写真が欲しいと考え、写真作品の製作を始めました。

Photograph/Philippe Ramette XIBT Contemporary Art Magより

 ラメットの多彩な芸術表現

彼は当初、写真家になることに興味を持っていました。しかし、まずは芸術家になる方が自分の表現したいことのためには良いと考えたのです。そして彼は、その時の判断を「それはアートスクールで得た偶発力によるものでした。私の人生の中で、自分の活躍の場を見つけた瞬間だったのです。私は完全に芸術に傾倒していますからね」と分析しています。

90年代に創作された彼の初期作品は、不思議な見た目の金属機器や木製機器で作られていました。写真作品の製作に向けて、彼のビジョンは、思い描いていた彫刻の趣旨を表現する方法へと自然と広がっていったそうです。「全ての練習作品は、ビジョンに親密に関係しています。私の写真は私の彫刻の糧となり、彫刻は私の絵画の糧となる。そして絵画は、私の写真の糧となるのです」と彼は自分の芸術スタイルを語りました。彼の写真作品には、彼の彫刻で表現されていることが引用されているのです。

Molly
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様々な表現方法の視点から、芸術を見ているラメットの作品が、多彩で多層なコンセプトを含むのも納得ですね。

 アイデアの源

またラメットは、アイデアを生み出す上で「練習を怠ること」も、時には大切だと言います。そうした怠慢はしばしば、彼が考えをまとめたり、思想を自由に解き放つのに役立つのだそう。そして彼はありふれた瞬間を作品に引き出すために、確実な論理と演出、合理的なごく普通の日常の撮影、不合理さの熟考、そして調査を行うと言います。そして「私の作品には一般概念的な暗喩があります。それは人間が1人で世界に向き合う時の抽象的な考えなのです」と彼は作品の中に込めた思想を話しました。

A Contre-Courant (hommage à Buster Keaton) 2008 ©︎2013 Philippe Ramette ©Thibaut Voisin

彼は、自身の重力の法則を無視した作品達について「私はそれを「重力に逆らう」ではなく「実験する」あるいは「探究する」と自然に呼びたいと思っています。それは私達の生活を様々な視点で発見し、理解するための私の方法なのです。つまるところ、多くの芸術家達が彼らのアート作品を作る理由と共通しているところと言えます」と語っています。

The perfect setting is vital to ensure that the irrationality behind Philippe’s act comes out. Photograph/Philippe Ramette Better Photographyより

また、彼の作品にあるユーモアや人生を風刺する試みは、しばしば米国喜劇俳優のバスター・キートンと比較されます。キートンは20年代に活躍し、無表情で体を張った演技で描くコメディが注目され「The Great Stone Face(偉大なる無表情)」という愛称で親しまれました。ラメットの涼しい顔で不可思議なポーズをとる写真作品は、キートンの無表情とコミカルな動きのギャップと、どこか似た様に見られることがある様です。しかしラメットは、特定の誰かからの影響は受けていない、と自身の作品を分析しています。

Wikipediaより バスター・キートン

「私の受けた影響は、もっと多種多様で抑圧されているものです」と彼は言いました。そして彼は、1つのメジャーな影響として、フランスの映画監督フランソワ・トリュフォーの名を挙げました。「私は、トリュフォーが表現した日々の中にある非現実的で残酷な出来事に、やや惹かれる面があります」とラメットは言います。

Wikipediaより フランソワ・トリュフォー

更に彼は「それは私に、我々の人生はまるで、映画の中の進展である様に思わせてくれる。監督や主要な出演者が我々自身のね!」とリュファオーの作品が、人生に与えた影響も語りました。

Molly
Molly

写真製作のプロセスを、まるで映画を作っている様だともラメットは言っていましたよね。彼のイメージや作りたい作品は、映画と親和性があるのかもしれません。確かに、まるで何か物語が始まりそうな、興味深いワンシーンの様にも見えます。

 熟考期間にいるラメット

ラメットは2008年以降、新作を発表していませんが、決して引退した訳では無いそうです。「表現するのに十分なほど、明確になっていないアイデア達があります。私は今、熟考期間にいるのです!」とラメットの製作意欲が衰えていないことを語りました。

ラメットが作品の鑑賞者に伝えたいこと

「まず第一に、私はこの写真達があなた達に何を伝えるか、または、あなた達が写真からどの様に隠されたメッセージを受け取るかについては、言及したくありません。しかし、まるで詩を読んでいるかの様に、鑑賞者に楽しんでもらいたいです」とラメットは、自身の作品の鑑賞者に向けて言いました。

Photograph/Philippe RametteXIBT Contemporary Art Magより

加えて「私にとって重要なことは、鑑賞者が作品を楽しんで、その中にユーモアのセンスを感じることです。私はあなた達に時間をかけて、これらの写真があなた達の経験にどの様に反応するかを見てもらいたい。あるいは、あなた達自身が、写真のキャラクターであると想像してもらいたいです。」と作品を自由に、人生や日常生活と重ねて鑑賞してみてほしい、と語っています。

おわりに

本記事では、フランスの芸術家フィリップ・ラメットをご紹介しました。彼のあくなき探究心や、熟考されたテーマが表現する作品達は、鑑賞者の私達に不思議な感覚を与えますね。写真の他にも、彫刻や絵画、近年では振付師とコラボレーションした身体表現アートにまで、幅広く取り組んでいるラメット。そんな彼が今後、どんな作品を発表するのか、今から楽しみです。

Photograph/Philippe Ramette XIBT Contemporary Art Magより
Molly
Molly

シュルレアリスの絵画や詩が好きな方には、ラメットはたまらない現代アーティストの1人ですね。これからの彼の動向にも注目していきたいと思います!

 参考文献

XIBT Contemporary Art Mag: https://www.xibtmagazine.com/en/2019/03/the-irrational-rationality-in-the-photography-of-philippe-ramette/

AMUSINGPLAMET: https://www.amusingplanet.com/2010/05/rational-exploration-of-undersea.html

Better Photography: http://www.betterphotography.in/perspectives/interviews/the-surrealist/23178/

Bangkok Post: https://translate.google.com/translate?hl=ja&sl=en&u=https://www.bangkokpost.com/life/arts-and-entertainment/280971/what-the-eyes-don-t-see&prev=search&pto=aue

POLYGONE RIVIERA: http://www.2e-bureau.com/01_actu/plus_infos_2017/PR_RAMETTE_DP_UK.pdf

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