今回ご紹介するのは、Woody Allen監督の「Midnight In Paris」

私はどうしてもWoody Allenの作品が好きなのです。もちろん彼が過去に起こした最悪な罪については許し難いですが..。

2012年5月26日に日本公開された、94分で黄金時代のパリへの時間旅行を楽しめる素晴らしい作品。また、アカデミー賞とゴールデングローブ賞で脚本賞を受賞しています。
Story
主人公は小説家を目指す脚本家、ギル・ペンダー。自身の処女小説を執筆するも、なかなか上手くいきません。そんな中ギルは婚約者のイネズとその両親とパリを訪れ、偶然出会ったイネズの友人ポールとキャロルと街を巡る事に。イネズは知識人のポールをベタ褒めしますが、ギルは気に入りません。ある晩ギルは、ほろ酔いで街を歩き道に迷います。すると真夜中の鐘が街に鳴り響き、どこからか古いプジョーが現れギルを誘うのです。そして戸惑いながらもプジョーに乗ったギルは、憧れの黄金時代、20年代のパリへとタイムスリップ。彼は幸運にも、そこで敬愛するヘミングウェイやフィッツジェラルドなどの名高い作家達と出会い、交流を始めます。
cast
監督・脚本 | ウディ・アレン |
製作 | レッティ・アロンソン スティーヴン・テネンバウム ジャウメ・ローレ |
役名 | 俳優 |
ギル・ペンダー | オーウェン・ウィルソン |
イネズ | レイチェル・マクアダムス |
ポール・ベイツ | マイケル・シーン |
キャロル・ベイツ | ニーナ・アリアンダ |
F・スコット・フィッツジェラルド | トム・ヒドルストン |
ゼルダ・フィッツジェラルド | アリソン・ピル |
アーネスト・ヘミングウェイ | コリー・ストール |
ガートルード・スタイン | キャシー・ベイツ |
アドリアナ | マリオン・コティヤール |
ガブリエル | レア・セドゥ |
↓以下はネタバレを含む考察や感想になるのでご注意ください。↓

ストーリーに沿って見所をご紹介します!
引き込まれる冒頭の3分間
この作品は冒頭が印象的で、パリの街並みが3分40秒ほど流れます。昼から暮れまでの穏やかな景観、雨に打たれて輝く美しい街並みが詰まっていて、見る度にうっとりしてしまいます。これからパリで始まる物語の門前に瞬く間に引き込まれるのです。目を引くのは人々の暮らす街並みに溶け込む、歴史的建造物や芸術作品達。芸術の都と呼ばれるのも納得ですね。このシーンはやたらに長い、と批判的な評判もよく見かけますが私は大好きなシーンです。
ロマンチストなギル・ペンダー
冒頭でパリ気分に浸った所で、ギルのパリ愛を語るセリフが物語の始まりを告げます。イネズの父親の出張に便乗してフランス旅行来たギルと、婚約者のイネズ。2人は蓮池を眺め、モネに思いを馳せます。こちらの蓮池は、パリから車で1時間程の距離のジヴェルニー(Givern)と言う街にある「モネの庭」です。クロード・モネ財団が一般公開しているので、フランスを訪れた際は是非行ってみたい観光地ですね。

ギルは雨の降る20年代のパリに憧れていますが、イネズは興味無し。彼女はギルのパリに住もうと言う提案も、アメリカ以外には住めないと一蹴。そんなギルは、イネズの両親とも馬が合いません。そしてギルとイネズはレストランで食事中、イネズの友人ポールとキャロルに遭遇。

そしてキャロルは、明日一緒にベルサイユ宮殿を見に行こうとギルとイネズを誘います。ギルは明日はブラッセリー・リップに行く予定だ、と渋りますがイネズは彼を無視し、一緒に行くと決定。イネズは、非社交的なギルの態度に文句を言います。

ギルが師事した教授が以前、アイルランドの詩人ジェイムズ・ジョイスを見たと言うブラッセリー・リップは、130年以上の歴史を持つカフェ。ヘミングウェイ著作『移動祝祭日』にも登場します!
加えてイネズは、執筆中の小説が売れなかったら、得意の脚本業に戻るようギルを説得。

翌日ギルとイネズは、ポール達とベルサイユ宮殿へ。ポールは持ち前の知識を長々と披露。そこでポールは、ベルサイユ宮殿の建っている地は昔は沼地だったと言います。調べてみると、ベルサイユ宮殿は、沼地に土を運び、川の流れまで変える大掛かりな工事で作られたそう。加えてポールは「ベルサイユ」と言う言葉はフランスの古語で「耕作の為に草を引いた(焼いた)野」と言う意味だと言います。そしてキャロルが結婚後の住処について聞くと、イネズはマリブを希望します。しかしギルはオペラ『ラ・ボエーム』に擬えて、パリの屋根裏部屋に住みたいと言い出します。

『ラ・ボエーム』は、1830年代のパリが舞台のオペラ。アパートの屋根裏に暮らす芸術家の卵達の物語で、そのうちの1人が針子の女性と恋に落ちるも、最後は彼女が結核で亡くなると言う悲恋の展開。ポールも「結核になるぞ」とギルをからかっていましたね…。

そんなギルにイネズは、脚本業を捨て小説家を目指す事についても文句を言い始めます。そして小説の内容をポール達に話す様促しますが、ギルは拒否。仕方無くイネズは、彼の小説のノスタルジー・ショップで働く男の事を話始めました。過去に憧れたその内容を聞いたポールは「その誤った考えはいわゆる、黄金時代思想だ。昔は今より優れた時代だったと言う誤った認識だ。現代に対処できない夢見がちなタイプの人間の欠陥だな。」と言い捨てます。

黄金時代のパリを愛するギルを取り巻くアウェーな人間関係を目の当たりにしますね。このシーン以外にも、イネズやポールなどギルの周りの人物は贅沢で俗物的に描かれている様に思えます。
黄金時代へのタイムスリップ
翌日ギルとイネズは、ポール達とロダン美術館へ。『考える人』の像を眺め、ガイドの話を聞いていました。するとポールはガイドに割り込み、またも知識を披露。オーギュスト・ロダンの墓はムードンにあり、死因はインフルエンザだと言います。続いて彼がロダンの作風は、妻カミーユの影響を受けている、と言うとガイドが、妻はローズだと指摘。ガイドと互角に口論するポールにイネズは感心します。

調べたらロダンの妻はローズでした!ガイドさんが正解!
その晩、彼らはイネズの父が招かれたワインの試飲会へ。ワインのエキスパートでもあると言うポールは、そこでもワインを得意げに選び、イネズはそんな彼にメロメロ。

試飲会の後ギルは、ダンスに行くと言うイネズ達と別れ、歩いてホテルへ。しかし途中で道に迷ってしまい、途方に暮れて教会の階段に腰かけます。すると真夜中を告げる鐘が鳴り、どこからともなく古いプジョーがやって来たのです。車内の陽気な人々がシャンパンを片手にギルを誘い、戸惑いつつもギルは車に乗り込みます。そして訳も分からぬまま、憧れの黄金時代、1920年代へとタイムスリップしてしまうのです。その時に、ギルが腰かけていた階段はこちら↓
サン・テティエンヌ・デュ・モンと言うこちらの教会。1964年に出版されたアーネスト・ヘミングウェイの『移動祝祭日』の中にも登場します。
私は雨の中を歩いていった。通りを下ってアンリ四世校と古いサン・テティエンヌ・デュ・モン教会の前をすぎ、風の吹き渡るパンテオン広場を通り抜けてから風雨を避けて右手に折れる。そこからようやくサン・ミシェル大通りの風のあたらない側に出たら、そこをなおも下ってクリュニー博物館の前を通り、サン・ジェルマン大通りを渡っていくと、サン・ミシェル広場の、通い慣れた、気持ちのいいカフェに辿り着く。 -サン・ミシェル広場の気持ちのいいカフェ 15pより抜粋。

そんなヘミングウェイの縁ある教会へ、彼を敬愛するギルが辿り着くなんて運命的で胸が熱くなります…!
そしてギルは20年代のパリに到着。ゼルダ・フィッツジェラルド、スコット・フィッツジェラルドの夫妻とコール・ポーターに、ジャン・コクトー主催のパーティーで出会うのです。彼は状況が飲み込めず大混乱。ちなみにこのパーティーで、ポーターがピアノで弾き語ったのは『You’ve got that thing』です。

そしてこの時、スコットがギルに名前を尋ねるのですが「Who are you old sport?」と言うのです。この「old sport」は「心の友よ」と言う意味合い。ちょっとジャイアンみたいですが、これはスコット著作『華麗なるギャッツビー』の主人公ギャッツビーの口癖。それをスコット本人が使ってる…芸が細かくて感動…!ゼルダの自由奔放で、気まぐれな才女っぷりも最高です!

スコットはトム・ヒドルストン、ゼルダはアリソン・ピルが演じているのですが、完成度が高くて惚れ惚れしてしまいます。実際の彼らと見比べても遜色ありませんね。

フィッツジェラルド夫妻はパーティーを抜け、アメリカ人ダンサーのエイダ・スミス経営のクラブ「ブリックトップ」にギルを連れて行きます。そしてそこで踊っているのは、黒いヴィーナスの異名を持つ歌手ジョセフィン・ベーカー。やっとタイムスリップを理解したギルは、開いた口が塞がりません。次に彼らが向かったのは、ウイスキー・サワーが絶品のレストラン、ポリドール。ギルはここで、若き日のアーネスト・ヘミングウェイと出会うのです。

偉人が次々に登場して、ワクワクしちゃう!ちなみにこのポリドールへはヘミングウェイが実際に通っていました。この時ギルはヘミングウェイに「あなたの作品全部が大好きです」と伝えますが、ヘミングウェイは「あれは良い本だ(It was a good book)」と単数形で返答。作中の正確な年代が不明なので、彼の作品が1つしか出ていないからなのか、何か一作品の事を言っているのか…定かではありません…。
ギルは、そこでヘミングウェイに自分の小説を読んで欲しいと懇願。すると彼はギルの小説を、信用のおける作家ガートルード・スタインへと渡すと言います。彼女はヘミングウェイの良き相談役で、彼の息子の名付け親になる程の友人。また、彼女の判断や意見は、多くの若い才能を助けました。偉大な彼女の意見が聞けるなんて、ギルも幸運ですね。


スタインがヘミングウェイに言った言葉「あなた達はみんな失われた世代。(You are all a lost generation.)」は有名ですね。酒や娯楽に溺れる自堕落な世代、と言う意味で、スコットもその1人。また、ヘミングウェイが「M・トゥエインは読むか?」とギルに尋ねると「現代アメリカ文学は全て、ハックルベリー・フィンに由来する」と、ヘミングウェイが『アフリカの緑の丘』でトゥエインについて書いた事をそのまま言いました。ちょっと笑えるポイントです。
ギルは興奮しながら小説を撮りに行こうと店を出ると、外は現在。奇跡の夜は幕を閉じました。

ヘミングウェイ を演じたコリー・ストールも実物のヘミングウェイに結構似てますね!意見を求めるギルに、自分が1番だと自信を持て、と声を荒げるシーンでは、ボクシングや狩が好きな彼らしいハードボイルドさを感じました。ちなみにこの時、興奮したギルが、歩きながら「パパ…」と独りごちるのですが、これは「アーネスト」という名を嫌っていたヘミングウェイが、自分に付けたニックネームです。
美しいアドリアナとの出会い
ギルは翌朝、イネズに昨夜の奇跡を話しますが、脳腫瘍だと言われる始末。そこでギルはその晩、イネズを昨夜の教会へ連れて行きます。人生最大の冒険だ、と息巻くギルにイネズは困惑。暫くギルに付き合って待つも変化は無く、痺れを切らした彼女は先に帰ってしまいます。ギルは本当に脳腫瘍では、と不安になりますが、そこへ真夜中の鐘と共に再びクラシックカーが。乗っていたのはヘミングウェイ。ギルも乗車し、2人は死について話します。

死を恐れては小説を書けない、と言うヘミングウェイに対しギルは「正直言ってこの世で最も恐ろしい」と言います。そんなギルに「真実の愛は一時、死を遠ざける。小心は愛のなさ故に起こるのだ」と、最愛の女性への情熱が、死の恐怖を忘れさせる事を話しました。

私は「死がこの世で最も怖い」と素直に言う、ギルの人間らしさが好き。しかし、ギルはイネズと過ごす中で、ヘミングウェイの言う感覚を味わった事は無い様子…。
2人はスタインのサロンに到着。するとスタインは、若き日のピカソの絵の批評の真っ最中。

スタインは、ピカソが愛人のアドリアナを描いた絵を駄作と言います。彼女を客観的に表現できておらず、秘められた官能美が描けていない、肖像ではなく静物だ、と大批判。


スタインからアドリアナの印象を聞かれ、彼女を見たギルは、その美しさに驚きます。(ヘミングウェイも彼女の虜。)そしてスタインはギルの小説を受け取ると、冒頭を音読し始めました。「店の名は”過去を逃れて”。売るのは古い記憶の品々。ある世代には平凡だった物も、時の流れに変質を遂げる。魅惑的な自虐のステータスへと。」そして、それを聞いたアドリアナはギルの小説を気に入ったと言うのです。

ギルが彼女に質問をすると、彼女はココ・シャネルに憧れて服飾業を志し、故郷ボルドーからパリに来たと分かりました。加えて彼女はピカソの他に、モディリアーニやブラックとも関係を持ったと言います。彼女もギルの様にパリを愛し、彼女の黄金時代はベル・エポック。そしてギルの小説を気に入った彼女は、パリに越した方が良い、とギルに勧めました。ちなみに、作中でアドリアナを描いたとされるこの絵画は、1928年にピカソが描いた「浴女(Bather)」です。アドリアナは実在しないので、勿論モデルは違います。そしてヘミングウェイがモンマルトルへみんなで飲みに行こうと言いますが、ギルは時間を気にして現在へ。


この時アドリアナを狙うヘミングウェイはピカソに「いつか彼女を奪うからな、天才だがミロじゃ無い」と言います。これはスペインの画家ジョアン・ミロの事で、彼はミロの作品を借金をして購入する程気に入っていたので、このセリフも納得。それとスタインの後ろにある絵!これはピカソが描いた彼女の肖像画です。

アドリアナとパリの夜
翌日ギルはイネズと街を歩き、一軒の骨董屋を発見。流れるコール・ポーターの音楽に、ギルは立ち止まります。するとパリジェンヌの店員が現れ、ポーターの歌詞が良いと話しました。

レア・セドゥのヘルシーな美しさが最高…!

それからギルとイネズはポール達とオランジュリー美術館へ。再びポールは知識を長々と語ります。そしてそこには、ギルが昨晩見たピカソ作のアドリアナの肖像があったのです。ポールはその絵画を、ピカソが愛人マデリーヌを描いた傑作だと言いますが、ここでギルが初めて彼に反論。ギルは昨晩聞いたスタインの言葉を借りて、ポール達にこの絵は愛人アドリアナを描いた駄作だと解説。急に饒舌になったギルに一同唖然。イネズは薬でもやってるのかと疑い始める始末。してやったりのギルは得意げな表情。

そしてその晩も、ギルは20年代へ。そしてスタインのサロンで、米国詩人のアーチボルト・マクリーシュに誘われ、フィッツジェラルド夫妻のパーティーに参加。米国作家のジューナ・バーンズと踊ります。そこには、ピカソと喧嘩をしたアドリアナも1人で来ていました。彼女に絡むスペインの闘牛士フアン・ベルモンテとヘミングウェイを他所に、ギルは彼女を散歩へ誘います。

パリを愛する2人は、美しい夜のパリを歩きながら語らいました。

比べられないわ、昼のパリも夜のパリも美しくて。
するとギルはパリ愛を爆発させて語り出します。
「どっちが良いか議論しても決着はつかない。時々思うけど、どんな小説も絵画も交響曲もパリには敵わないよ。だってこの街はどの路地も大通りも美術品だから。奇跡だよ、宇宙の暗闇にこのパリの灯りが存在するなんて。木星や海王星はただの冷たい惑星だ。でも宇宙からこの灯りを見たら?カフェで飲んだり歌ったりする人々を。僕の知る限りパリは宇宙一活気あふれる街だ。」
詩情溢れるギルの言葉が、パリの愛を素直に伝える良いシーンです。アドリアナと過ごす彼は、黄金時代を実直に愛し、のびのびしています。そんな時、2人は川辺にいるゼルダを発見。彼女はスコットが彼女の悪口を言っていたのを聞いてしまい、身投げの寸前でした。2人は必死にゼルダを止め、ギルは自身が服用するバリウムを彼女に渡します。薬に驚くアドリアナにギルは、婚約してからパニック発作に見舞われている事を明かしました。

ギルの婚約を知り、悲しげなアドリアナ。ギルとバーで休憩しますが、1人になりたい、と先に帰宅。そして振られたギルを酒の席に誘ったのは、なんとあのサルバドール・ダリ。

するとそこへ、スペインの映画監督ルイス・ブニュエルと、米国写真家のマン・レイも合流。ギルは大感激。そして彼らに自分がタイムスリップしている事、アドリアナに恋している事を話しました。彼らは流石のシュルレアリストで、ギルの話に何も不自然は無いと言います。


3人とも本人そっくりで本当に驚き…!特にダリの完成度は高い!彼らがタイムスリップの話に少しも驚かず、作品のアイデアを見出すシーンが最高です。ダリは終始サイの話ばかりしますが、実際のダリもサイの角を作品によく描きました。
アドリアナの日記
翌日ギルは、昨晩得たシュールな発想を小説に活かそうと邁進。イネズとは別行動が増えます。ギルはロダン美術館を再び訪れ、以前のガイドに、妻と愛人がいたロダンの事を尋ねます。彼女は妻と愛人、それぞれに対する愛は別々の種類だ、とフランス的な考えを教えてくれました。

こちらのガイドさんは、第23代フランス大統領夫人のカーラ・ブルーニ。アレン監督は、以前サルコジ大統領夫妻に朝食に招待された際、カーラの知的な魅力を知り、オファーしたそう。すごい…eファーストレディが出演してる…。またこのシーンで、彼女がポールを「知識人ぶった男」と言うのですが、痛快な表現にクスッとしてしまいます。

その晩もギルは教会へ。そしてクラシックカーでやって来たのは、米国詩人のT・S・エリオット。

プルーフロックは僕の経典です!
ギルは大感激して乗車しました。

この時ギルはエリオットに「ハリウッドでは人生をコカインの匙で測る(Where I come from, people measure out their lives with coke spoons)」と言います。これは『J・アルフレッド・プルーフロックの恋歌』の一節「私の人生を私はコーヒースプーンで測ってきた(I have measured out my life with coffee spoons)」に擬えたジョーク。麻薬大国の米国を表したブラックユーモアですね。
ギルがスタインのサロンへ行くと、ピカソがアドリアナとヘミングウェイがアフリカに行ってしまったと言うのです。スタインはすぐに彼らは戻る、とピカソを慰めます。『キリマンジャロの雪』を執筆したヘミングウェイらしい選択ですね。そしてスタインは手直し後のギルの小説を、敗北主義に陥っていると言い、「作家の仕事は絶望に屈せず、人間存在の救いを見出す事」と助言。その翌日、イネズと両親はモン・サン=ミシェルへ行きますが、ギルは執筆作業をする為に残ります。そして息抜きに街を歩いていると、偶然にも古本市アドリアナの日記を発見。ギルはガイドに本を翻訳してもらいます。するとそこには、アドリアナもギルに惹かれていて、ギルからイヤリングをプレゼントされる夢を見た、と記されていました。

驚いたギルはその晩、アドリアナへのプレゼントとしてイネズの真珠のピアスを拝借し、会いに行こうとします。しかし、その矢先に突然イネズ達が、父が体調を崩した、と引き返して来たのです。プレゼントを持つギルを不審に思うイネズですが、プレゼントを自分宛だと勘違い。ギルは事無きを得ます。しかしここで、彼女が真珠のピアスがないと気付き、メイドに盗まれたとフロントに電話。ギルは慌てて、プレゼント箱からピアスを出し、落ちていたと装ってイネズに返します。
アドリアナの黄金時代
翌日ギルは、アドリアナへのイヤリングを購入し、改めて20年代へ。スタインのサロンへ行くと、丁度スタインはマティスと絵の商談中。スタインはピカソ以外にも、マティスの熱心なコレクターでした。そしてスタインは、アドリアナがピカソともヘミングウェイとも別れて帰って来たと言います。また、1人でシュルレアリストの結婚式に参加しているから会いに行くと良い、とはギルに勧めました。そして、パーティーでアドリアナを見つけたギルは、2人で話したい、と彼女を会場から連れ出します。またギルは、会場で会ったルイス・ブニュエルに思いついた「晩餐会の客が帰ろうとするが客間から出られない」と言う映画案を伝えました。

このギルの案は、ブニュエル1962年の作品『皆殺しの天使』の元ネタですね。
それから2人はパーティーを抜け出し、ギルはアドリアナにキスをします。戸惑うアドリアナに「君にキスしたほんの一瞬の間、永遠を感じた」とギルは悲しげ。「人生は不可解すぎる」と呟きます。

そういう時代なの、スピードが速すぎるし毎日が騒々しくてややこしい。
そしてギルは彼女にイヤリングをプレゼントし、彼女はとても喜びます。


以前にヘミングウェイが語った「真実の愛は一時、死を遠ざける」と言う感覚を、ギルはアドリアナとのキスで感じたのです。一瞬の永遠、刹那的な感情ですね。
そんな2人の前に突然古い馬車が現れ、彼らに乗る様に促し、戸惑いながらも2人は乗り込みます。すると2人はアドリアの黄金時代ベル・エポックへタイムスリップ。アドリアナは大感激し、2人は憧れのマキシムでダンスを楽しみます。


2人が訪れたのは、パリの8区にあるマキシム。マドレーヌ地区、ロワイヤル通り3番地にある素敵なレストランです。1893年4月7日に設立され、100年以上の歴史があります。パリで最も有名なレストランと言っても過言では無いですね。


それから2人はアドリアナが憧れる、ムーラン・ルージュレへ。そこでダンスショーを楽しんでいると、この時代の巨匠達、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックと出会います。アドリアナがファンだと伝えると、喜んだロートレックは2人を席に誘いました。
そしてそこ合流したのは、ポール・ゴーギャン、とエドガー・ドガ。ゴーギャンは「ドガと話していたんだ、いかに今の時代が空虚で想像力に欠けているか。ルネサンス期に生まれたかった。」と言います。そして彼らは、服飾を志すアドリアナにバレエの衣装係の仕事を紹介。タイムスリップして来た彼女は戸惑います。そこで彼女はギルに、この時代で暮らそうと言うのです。そこでギルは、自らも2010年からタイムスリップしてきた事を明かしました。

もしこの時代に残っても、いずれまた別の時代に憧れる様になる。その時代こそ黄金時代だと。”現在”って不満なものなんだ。それが人生だから。
なんとギルは憧れの過去への幻想を否定。過去への執着心は、以前より大きく変化していたのです。それでもアドリアナは、ベル・エポックで暮らす事を決め、ギルに別れを告げました。


どの時代にも、不満は尽きないものです。この不満から逃げようとするなら、どの時代まで遡っても過去を見つめ続けてしまうのかも。
現在に帰り着いたギル
ギルは自分の時代に帰る前に、スタインのサロンに立ち寄りました。すると彼女は、ギルの小説えおとても良くなったと褒めますが、主人公が婚約者の浮気に気づかないのは変だと指摘。小説中のイネズとポールをモチーフにしたキャラクターの浮気を、スタインは見抜いたのです。

そしてギルは現在に戻り、スタインの指摘で浮気に気付いたとイネズに言うと、彼女はどうかしてると言いながらも浮気を認めます。このシーンでギルは「過去は死なない、過去ですら無い(The past is not dead. Actually, it’s not even past) 」と言うウィリアム・フォークナー著作『尼僧への鎮魂歌』の一節を引用。彼は過ぎ去った時間は「過去」として執着しなくとも現在へ繋がっている、として近代的に時間を意識し始めたのです。


同じく近代的な時間意識を持っていたフォークナーを、ここで引用したのには大きな意味があるのかも。「時計が止まるときだけ、時間は生き返るのである(Only when the clock stops does time come to life)と言う彼の名言にも、その意識が感じられますね。
そしてギルはイネズと別れ、パリで暮らすと決心。そして街を、物思いに耽る表情であてどなく散策。この時ギルが訪れるのは有名なシェイクスピア アンド カンパニー書店。そして日は沈み、夜のセーヌ川に美しく架かるアレクサンドル3世橋で、ギルは骨董屋のパリジェンヌと遭遇。

彼女は、店にコール・ポーターの作品が入荷したからあなたの事を考えていた、とギルに言います。ギルは喜び、パリに自分も住む事にしたと話しました。そしてギルは彼女に、コーヒーでも、とお茶のお誘い。すると突然の雨。彼女は「濡れても平気よ。パリは雨が一番素敵なの。」と言い、ギルは目を輝かせて「異議なしだよ!」と激しく同意。2人は雨のパリを歩き出しました。


2人の背中は、美しいパリの街へと消えていきます。同じ様にパリを愛する人に出会えた幸せなエンドですね。画面いっぱいに宝石の様に輝く灯り達は、ようやく出逢った2人を暖かく照らし、とてつもなく美しい…。私の1番大好きなラストシーンです。
おわりに
MIdnight In Parisは私の大好きな作品なので、全体的に熱い文章になってしまいました…。アレン監督らしい皮肉もありながら、美しいパリを素直に称えるシーンも沢山。何度も見たくなります。ギルが偉人達から学んだ事は、私にも大きな衝撃を与えました。人生には不満が付き物で、完璧な時などありはしません。その積み重ねは、過去と言う名に縛られずに、現在へと続きます。そんな人生を、同じ歩幅の誰かと歩くのは幸せな事ですね。アドリアナの様に胸がときめく物を手放さ無いのも良いし、ギルの様に心に引っ掛かった問題によって成長するもまた素晴らしい。見終わった後は、そんな前向きな気持ちになれますよ。皆さんも、ちょっと不思議でロマンティックなパリ旅行へ出かけたくなったら、是非この作品を見てみて下さいね。

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